# 光の画
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新作を人に見てもらう準備ができた。作品と言葉、ステイトメントも日本語と英語で用意する。
多くの作家がコンセプト重視で制作するようになったから、見る人も言葉ありきになってしまったのか。あるいは、言葉がないと作品が見られない人(一般の観客という意味ではない)が増えてきたから、作家もコンセプト重視で作るようになってきたのか、どちらが先なのかはよくわからない。
コンセプト重視は、外側からの言葉で定義するといったニュアンスが強く、特に現代の美術においては、テーマをもたらす側の他者が介在することから逃れられない。全力で拒否したい…。
私は「テーマは作家から生まれる」を信条としているので、自分の作品は自分の言葉で定義することにする。
人間相手だと、どうしても、見たらわかるでしょうとつい思ってしまうが、さすがに言語思考のAIにそれを言ってしまうのは可哀想なので、丁寧に言葉を連ねていくことを心がける。すると、作品についての言葉がいろいろ生まれてくる。「視覚→言語」の順番だと、時間はかかるのだけれど、自分の制作スタイルはこれが合っているのだと思う。
タイトルだけは、最近は作品制作の初期から存在することが多い。次はどうしようかと試行錯誤する時に、「迷った時はタイトルに戻る」と呪文のように繰り返し呟いている。最初からきちんと言葉に出来ているのは、タイトルくらいかも。
PORTFORIOの冒頭にも書いたけど、私の中で作品の言葉というのは「枕詞」のようなもので、その言葉によって作品の佇まいが変わってくる。内藤作品の入り口として、見てくれる人が作品と対話できるように、常に言葉の余白を持っておきたい。「見てくれる人の気配」が作品に入りこめるようにしたい。私にとってのステイトメントの意味合いは、「枕詞」。そんな感じでしょうか。
日本語は英語と違って、一言では言い表せない。複数の意味合いが混ざり合った、抽象的な概念が多い。私は「気配」のように、誰かの存在を感じることのできる、日本語特有の抽象的な言葉が大好きだ。
前にも書いたが、私は、「視覚(観察力)」と「直感」、「抽象的な概念」で、ものごとを捉えている。コンセプト重視からは程遠いかもしれないが、一人ぐらいこんな作家がいても良いじゃないと思っている。
という事で、未発表作品をネットにアップするのはとうしたものかと迷ってしまうので、リアルで見てみたいと思う人がいたら是非ぜひご連絡くださると励みになります。
(エディションのために、当分はプリントを重ねていくことが私の仕事。)
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光について、あの時、なんて書いたのだろう。と、たまに見返すと面白い。
・言葉から始まるのか、光から始まるのか。
・自分にとって、写真とは?を考えることはないけど、光と闇をどう表現するかはいつも考えている。
・先日読んだ本に出てきた、福原信三さんが作られた『寫眞藝術』の実物を一度見てみたい。印刷はどんな感じなんだろう。光はどんな風に捉えたんだろう。ほぼ100年前!の写真誌を見てみたい。
Photographは「光の画」なので、はじめに言葉あれではなく、「光あれ」だと私は思いたい。
『神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光をみて、良しとされた。神はその光と闇とを分けられた。』
全ては光から始まるんだ。
『光と闇の間にある、幸せ』、オンラインストアのNEWS & STORY。
森山大道さんのような、写真の生き神様のような方でも、「写真とは?」と考えすぎて撮れなくなったらしい。だから私は、変わったところ、変わらなかったところ、作品の積み重ねで最期にわかればよいと思っている。
『寫眞藝術』の話は、どの本に書いてあったんだろうか、、。2020年8月のメモに記しているのはわかるが。東京都写真美術館の図書館にはきっとあるだろう。一度見てみたい。
『光の画』について、2019年にも記事を書いていた。ぐるぐると螺旋階段をのぼっていく感じ。
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PHOTOGRAPHを、『光の画』と捉えるか『写真』と捉えるか。どちらを選ぶかで、撮影もプリントも全ての向き合い方が変わってくる。
技法は表現したい事を支えるもの。誰かの言葉は誰かのものであって、違って当然。だからこそ個性が生まれる。
そんな風に思いながら日々、作品を作っています。
私は最初から『光の画』の方でした。でも上手く言葉の整理が出来てなくて、「実際の色なんですか」と聞かれる度に、(この人は何を言ってるんだろう…?)とずっと不思議だった。
30代半ばぐらいまでそう思っていたから、ね。
写真集『TRINITY』の後書きを寄稿して貰ってようやく頭の中が整理できた。
撮影する時に光をコントロールし、プリントする時に色彩を選び、光で風景を描くように私は作品を制作しています。
写真と言えば、どうしても広告やスポーツ、ドキュメンタリーなどに注目が集まりがちですが、『PHOTOGRAPH=光の画』の存在が少しでも世の中に知って貰えると幸せです。